地域をつなぎ、支える。統括保健師の視点から見える「保健師の未来」

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福島県健康づくり推進課 主幹
前田 香さん
Kaori Maeda
Profile
福島県健康づくり推進課 主幹(統括保健師)。令和7年度 全国保健師長会 会長。福島県で長年にわたり地域保健に携わり、保健福祉事務所では統括保健師および企画調整部門等の保健師として、市町村支援・人材育成・災害対応・感染症対策など多岐にわたる分野を担当。近年は厚生労働省の委託事業「2040年を見据えた保健師活動のあり方に関する検討会」の構成員として保健師活動指針の見直しにも携わるほか、保健師の役割と専門性の可視化に取り組む「コアバリューとコアコンピテンシー」策定にも関与。令和6年度より全国保健師長会会長として、全国規模でのネットワーク強化と次世代育成にも尽力している。
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保健師として長年にわたり地域の人々と向き合い、現在は県庁で統括保健師として活躍する前田香さん。
「地域の健康を支えるには、そこで働く保健師を支える存在が必要です」と話す前田さんに、保健師の歩みと統括保健師としての役割、そしてこれからの福島の保健活動への思いを伺いました。
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「現場の声」を県全体の力に。統括保健師としての役割
「統括保健師」と聞いて、すぐにその役割が思い浮かぶ方はまだ多くないかもしれません。前田香さんは福島県庁に勤務し、県内の保健福祉事務所等や市町村の保健師業務を広域的にサポートする立場として、日々さまざまな課題に向き合っています。
「現場では、住民の抱える健康課題の複雑化や多様化、制度の改正や国からの通知への対応、など、多くの悩みを抱えています。特に市町村では分散配置等により“ひとり職場”のような状況もみられ、孤立感を持ちながら働いている保健師さんも少なくありません」。
そうした中、統括保健師の役割は、県内の保健師同士がつながる仕組みを築き、情報共有や研修、相談支援などを通じて“つなぎ手”として機能することにあります。「一人で悩まない体制」をどうつくるか。日々の活動の中で、その問いに真正面から取り組んでいます。
また、制度的な後押しがあっても、現場の実態と乖離があると支援は空回りしてしまいます。前田さんは「トップダウンではなく、現場からの気づきを尊重した“対話型の支援”を大切にしていきたい」と語ります。現場に近い保健福祉事務所の統括保健師と連携し、保健師一人ひとりの悩みや工夫に丁寧に耳を傾けながら、県全体の保健師の能力向上を目指しています。 -
福島県の保健現場が抱える構造的課題とは
福島県では、少子高齢化、過疎化、災害後の各種健康指標の低迷など、保健師が直面する課題は多岐にわたります。前田さんは、こうした背景のもとでの保健活動の難しさを実感していると話します。
「災害やパンデミックなど、平時から有事への備えも保健師の重要な役割です。災害支援では、避難所における、被災者の健康支援や感染症予防、メンタルケアだけではなく、被災情報を基にした対策の企画立案や受援調整など多岐にわたる対応が求められます。特に東日本大震災以降、こうした対応力はより強く求められるようになりました」。
さらに、市町村の規模によって人員や活動体制が異なり、広域的なサポートの必要性は年々高まっています。保健師のキャリア形成やメンタルサポートも含めた“働きやすさ”への支援もまた、統括保健師の大切な仕事のひとつです。
保健師は時代の要請に応じて活動しており、近年では、健康危機管理や生活困窮、虐待関連などの多様な業務が求められ、保健師一人の業務量は膨大です。「業務の優先順位づけ」や「チーム内の分担見直し」など、現場のマネジメント力を高める支援が急務とされています。こうした変化に応じ、どこまでサポートできるかが今後の鍵になります。
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制度の後押しと現場の声の接点を
令和5年3月の「地域保健対策の推進に関する基本的な指針」の改正により、統括保健師の配置と機能強化が明文化されました。前田さんもこの流れを受けて、「県と市町村、そして保健師同士が相互に支え合う関係性の構築」を強く意識しています。
「制度の後押しがあるからこそ、できることがあります。でも、それだけでは足りません。現場の声に寄り添いながら、実態に即した取組を一つずつ丁寧に積み重ねる必要があります」。
今後は、研修体系の構築や相談体制の充実に加え、保健師のキャリアパスの明確化や人材確保にも重点を置くとのこと。保健師が安心して長く働ける環境づくりが、地域住民の健康支援にも直結する――その信念が前田さんの言葉から伝わってきます。
現在進行中の取り組みのひとつとしては、新任期保健師から管理期保健師まで切れ目のない研修や交流機会の確保があります。こうした場が、地域に根差した支援の質を高める基盤となり、やがて住民の健康意識の向上にもつながっていくことを前田さんは期待しています。
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これから保健師を目指す方々へ
最後に、将来保健師を目指す学生へのメッセージを伺いました。
「保健師は、“地域と生きる”専門職です。暮らしのすぐそばで、住民一人ひとりと向き合い、健康を支える。そのやりがいは計り知れません。看護職として次のステップを考える時、“保健師”という選択肢があることを、ぜひ知ってほしいです」。
そして、こうも語ってくれました。「迷った時、必ず誰かが力になってくれる。だから安心して、一歩踏み出してみてください」。
今、福島県では保健師の役割が地域社会の未来を支える大きな柱になりつつあります。保健師が自分らしく働き続けるための環境整備は、地域住民の健康と安心な暮らしに直結しています。統括保健師として県全体を見渡し、現場に寄り添いながら、前田さんは一つひとつの課題に真正面から向き合っています。
保健師の仕事に必要なのは、専門知識だけではありません。誰かの声を聴き取る力、見えない変化に気づく感性、そして、目の前の人を大切にする姿勢です。そのすべてを支える「つながり」を、これからも築き続けていく。前田さんのまなざしには、そんな強い意志が感じられました。これから福島で、そして全国で、保健師という職業がもっと力強く根づいていく未来を、私たちも一緒に見ていきたいと思います。