地域に、暮らしに、寄り添う看護のかたち「訪問看護」の今とこれから

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福島県訪問看護総合支援センター センター長
柏木 久美子さん
Kumiko Kashiwagi
Profile
2000年、群馬県立医療短期大学を卒業後、一般外科病棟およびICUに勤務。
その後、2007年に福島県立医科大学看護学部へ3年次編入し、卒業後は訪問看護ステーションにて勤務。
2013年からは福島県立医科大学会津医療センター附属病院に入職し、患者支援センターで退院調整や在宅療養支援に携わる。
2014年には福島県立医科大学大学院看護学研究科 地域看護学領域(在宅看護)を修了し、同年に在宅看護専門看護師の認定を取得。
2020年7月より奥会津地域で訪問看護に従事し、2025年4月より現職(福島県訪問看護総合支援センター センター長)に就任。
急性期病棟から訪問看護、病院での退院に向けた準備や、通院中の患者さんのサポートを経て、入院から外来・在宅医療まで、様々な場で看護を提供し実践を重ねてきた。
「地域で暮らす人々が、住み慣れた場所で自分らしく生活を続けられるように——。その実現において、訪問看護師は大きな役割を果たす存在です」。
現在は、福島県内の訪問看護ステーションが抱える多様な課題に対し、総合的な支援を行っている。
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2025年4月、福島県「訪問看護総合支援センター」が新たに開所しました。
その舵取り役を務めるのがセンター長の柏木久美子さんです。
本記事では、柏木さんのこれまでのキャリアと訪問看護への思い、そして支援センターが担う未来への展望について伺いました。 -
看護師としての原点と、訪問看護への転機
柏木さんは短期大学を卒業後、大学病院の外科病棟で看護師としてのキャリアをスタート。
その後福島に戻り、訪問看護ステーションや病院での退院支援、外来患者へのケアなど多様な現場を経験しました。「訪問看護に初めて触れたのは、看護学生時代の在宅看護の授業でした。訪問先でケアをする看護師の姿に強く惹かれたのがきっかけです」と語ります。
訪問看護の現場で感じたのは、病院とは異なる“生活の中に入る看護”の重要性でした。
「利用者さんの家の中に入ることで、洗濯物の干し方や部屋の様子から体調や精神状態をアセスメントしていくんです。生活と医療の両面をトータルで支えるのが訪問看護の魅力です」と振り返ります。 -
福島県の訪問看護が抱える課題と、センター設立の意義
「福島県では、訪問看護ステーションの立地や規模に地域差があり、特に中山間地域では訪問体制が十分に整っていない現実があります」と柏木さん。
また、人材不足の問題も深刻で、訪問看護の担い手となる看護師の確保・育成は長年の課題でした。加えて、住民や医療関係者の間で「訪問看護=終末期のケア」というイメージが根強く、幅広いサービス内容がまだ十分に理解されていないという声も多く聞かれます。
「本来、訪問看護は子どもから高齢者まで、慢性疾患や障がいを抱える方、医療的ケアが必要な方など、さまざまなライフステージに対応できるものなんです」。こうした課題を背景に、2025年4月に福島県訪問看護総合支援センター」が開所。訪問看護の諸課題の一元的・総合的な解決を目指す拠点となり、地域における安定的な訪問看護提供体制の構築を図ります。
「センターの設立によって、事業所の立ち上げ支援や研修の企画、現場の相談対応まで、現場と行政の“つなぎ役”としての機能が整いました。県内どこにいても、訪問看護の質を確保できる環境づくりを目指しています」。 -
“支える人を支える”センター長としての視点
柏木さんがセンター長として大切にしているのは、「現場に寄り添う支援」です。
「ステーションの数は増えてきましたが、特に小規模な事業所では、管理者が訪問業務を行いながら経営や新人教育まで担っているケースも多くあります。孤立しがちな現場に、気軽に相談できる窓口があることが何より重要だと思っています」。センターでは現在、立ち上げ期の事業所への個別支援や、若手・中堅訪問看護師向けの研修を展開しています。
また、電話やオンラインでの相談対応にも力を入れ、県内各地からの声に丁寧に耳を傾ける日々です。「訪問看護を担う看護師が、現場で『ひとりじゃない』と感じられること。それがセンターの存在意義だと思っています」と話す柏木さん。
制度や仕組みを整えるだけでなく、現場の“安心感”につながる支援を届けたいという思いがにじみます。 -
訪問看護のこれからを担う人たちへ
「訪問看護って、少し特別で、経験豊富な人がやるものと思われがちですが、実は新人さんにもすごく向いているんですよ」。
柏木さんは、訪問看護こそ看護師としての基礎力を育てる場だと語ります。「一人ひとりの生活に入り、その人が何を大事にしているのかを知る。そこで初めて“その人のための看護”ができるようになります。技術や知識だけでなく、“人を見る力”が養われるんです」。
今後センターでは、学生や若手看護師が訪問看護に触れる機会も増やしていく予定です。見学や実習の受け入れ、動画やWebを活用した啓発など、入り口のハードルを下げる工夫にも取り組んでいくとのこと。
最後に、訪問看護を志す人たちへのメッセージをお願いすると、柏木さんはこう語ってくれました。
「訪問看護は、看護師としての視野が広がる場所です。病院勤務とは違ったやりがいがあって、地域や家族とともに看護をつくっていく感覚があります。どんな経験の方でも、ぜひ一度その扉を開いてみてほしいです」。